6. 宝 石 よ り も き ら め く



色とりどりの食器、キャンドル、バスセット。一つ一つを手に取って眺めては、元に戻す。ショッピングモールの中にある雑貨屋で、太刀川は明らかに疲れていた。
「結婚祝いって案外難しいんだな」
苦笑しながら呟くその様子を、私はつかず離れずの位置で見ていた。
再来週に結婚式を控えているボーダー職員は、私たちにとっては兄姉のような存在だ。だからその結婚式に参加できない太刀川が、何かを贈りたいと思うのは当然のこと。しかし、私たちはまだ『結婚』というものに関わる経験が浅くて、何を贈ればいいのかよく分からない。意外だけれど、太刀川は、なにか贈り物をする場合、自分で気に入ったものをきちんと選んで贈りたいタイプだ。だから今日私が誘われたのは、女子への贈り物と違っていまひとつ勝手の分からない結婚祝いというものに対して、不安があったからだろう。
「いっそ、ああいうのでもいいのかもな」
疲れきった太刀川がそう言って指差したのは、『結婚お祝いに』と書かれたポップの貼られたギフトセットだった。高級そうなタオルが、高級そうな箱に入っている。
「うん、まあいいんじゃない?」
大当たりではないかもしれないが、決してハズレではない選択だ。私も頷く。太刀川はその箱を手に取ると、検分するような真剣な眼差しで見つめた。
「タオルだし、使えるよな」
「うん、少なくともずっと箱に入ったままってことはなさそうだね」
正直なところ私も疲れていたので、そろそろ何を買うか決めてほしいところだった。だからそう相槌を打ったのに、太刀川はそれを元の位置に戻してしまった。
「いや、やっぱ違うだろ。これだと、おれがあげたって事、忘れる」
妙なところでプライドの高い男だ。太刀川は髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜて、「疲れたしちょっと外出ようぜ」と言った。確かに、日曜日のショッピングモールは、人が多くてそれだけで疲れてしまう。

「何だかなー、どうせあげるなら、コレだ!ってものにしたいんだよな」
太刀川は子供のようなことを言った。ショッピングモールの外にあるファストフード店で、奢ってもらったポテトを食べながら、私は何ともいえない気持ちになる。
「・・・別にさあ、あげるものは何だってよくて、その気持ちが伝わればそれでいいんじゃないの」
誂えられたギフトセットを贈ったとしても、こうやって悩みに悩んだ時間が存在するのであれば、きっとそれは受け取った彼らにも伝わるだろう。しかし太刀川は驚いたような顔をした。
「お前、本気でそう思うのか?」
「思うよ」
「馬鹿だな。その気持ちとやらを伝えるために、最適な形のものを選ぶのがプレゼントってもんだろ」
人として至極真っ当なことを指摘された気がして、私はばつが悪くなる。太刀川には本当にこういうところがある。見くびっていたというと失礼だが、意外と人に対して真摯に向き合うタイプというか。だから太刀川はいつも良い人たちに囲まれているのだろう。
「・・・太刀川って、女の子にプレゼントするときもそうやって選ぶの?」
「あー、どうだろうな。まあ、それなりに、相手によっては」
太刀川はそう言って紙コップについていた蓋を外すと、氷を口に流し込んだ。ガリガリと氷を噛み砕く音がする。
「お前はそういうの無さそうだよな。何でも適当に選んでそう」
「そんなことないよ。プレゼント選ぶのって楽しいし」
「ふーん。俺、お前から何かもらったことってないから、ピンとこねえけど」
そう言われて気がついた。確かに、長い付き合いなのに、私は太刀川の誕生日などでもプレゼントを贈ったことがなかった。特に理由はないけれど、言われてみればおかしいのかもしれない。
「わかったよ。じゃあ21歳の誕生日は、何かあげる」
「別に欲しくて言ったわけじゃねえよ」
太刀川なら、欲しいものは全て自分で買うことができるだろう。例えばこういうファストフード店でせっせとアルバイトをしている人よりも、断然に稼いでいるわけだし。
私が太刀川に何かを贈るという件は置いておいて、それより重要なのは結婚祝いの件だ。このまま今日手ぶらで帰ってしまったら、また来週も同じ問題で頭を悩ませることになる。そもそも来週末は太刀川も遠征直前で忙しいだろう。
「本当に結婚祝いどうするの?今日買わないと、時間ないでしょ」
「そうだよなー。普通に夫婦茶碗とかでもいいかなーと思ってんだけど」
確かにさっきの店でも熱心に茶碗を見比べていた。なるほど、元々、夫婦茶碗をあげたかったのか。結婚祝いに夫婦茶碗。定番ではあるのだろうが、それを太刀川が選ぶということが、妙に可愛らしくて好感が持てる。
「でも、さっきの店、あんまりいいのが無かったんだよ。どうするかなー」
「・・・すごいこだわりだね。いっそ自分で作っちゃえば?」
投げやりに言ったつもりだったのだが、太刀川は急に目を輝かせた。まずい、嫌な予感がする。
「それだ、陶芸だ。お前、したことあるか?」
「な、ないよ」
「確か隣駅の近くに、陶芸体験ができる工房があるんだ。行こうぜ」
そう言うと太刀川はもういてもたってもいられないようで、残っていたポテトをあっという間に平らげると、戸惑っている私を置いてさっさと立ち上がってしまう。なんという行動力だろうか。だけど、一度こうなってしまった太刀川を止めることは難しい。この男は、周囲を振り回すことに慣れているのだ。

隣駅まで電車で向かいながら、スマートフォンで営業時間を確認する。『陶芸1日体験』のコースは、私たちが到着するであろう時間がちょうど締切時間になっていた。
「ねえ、私たちが着く頃には、もう閉まっちゃいそうだよ。そもそも予約してないし」
「んー?まあ、その時はその時だろ」
既に頭の中は、ろくろを回すことでいっぱいになっているのだろう。もう何を言ってもここで引き返すことは無さそうだ。私も頭の中を陶芸の方向に切り替える。太刀川は存外に手先が器用なので、なかなか良いものが作れるだろう。
電車を降りて駅の裏手を少し歩くと、その小さな陶芸工房はすぐに見つかった。太刀川は迷いなく扉を叩く。私はその背中についていくだけ。中から出てきたおじさんはいかにも芸術家といったルックス。太刀川が事情を説明し、どうしても今ここで作りたいのだと熱弁すると、やや戸惑いながらも受け入れてくれた。
「すみませんね、急だったんで、一人分しか用意できないんですよ」
おじさんは長い髭を撫でながら、土とろくろを太刀川の前に置いた。私は小さく頷き「こちらこそ無理言ってすみません」と太刀川の代わりに謝る。
「完成するのは10日後になりますけど、間に合います?その結婚式」
「あ、大丈夫です。出来上がったら受け取りに来ます」
その頃に太刀川はもうこっちの世界にはいない。となると、私が来るしかない。そう思い答えると、太刀川は自分の肩越しにこちらを振り返って、にやりと笑った。自分のやりたい事が全て叶えられて、期待に揺れている少年の目だ。太刀川から、着ていたジャケットを預かる。カットソーを腕まくりして、ろくろに向かうその姿は、さっき真剣にプレゼントを選んでいたときとはまた異なる表情だった。開いた両膝の上に肘を乗せて、教わるがままに手を動かしている。
結婚祝いのために、ここまでする人も珍しいんじゃないだろうか。お金とか気持ちとか時間とか労力とか、プレゼントの裏側には色々あるけれど、これほどまでに情熱を注がれたものを、私は今までもらったことがあっただろうか。手を泥だらけにして、真剣な眼差しで、形作られていく茶碗。この茶碗で食べるご飯は、さぞ美味しいことだろう。

10日後に受け取りに来る約束をして、私たちは工房を後にした。外はすっかり日が沈んでいて、駅のホームに吹き込む風も少し冷たかった。
「よかったね。いいプレゼントになりそうじゃん」
ろくろに向かう姿を見て感心していた私は、素直にそう言った。太刀川は向かいのホームに目をやったまま、小さく笑う。
「悪かったな、散々付き合わせて」
「いいよ。どうせ暇だったし」
「ああ、お前、別れたばっかりだったな」
大した深さではないものの、出来立ての傷が雑に暴かれる。私は横で涼しい顔をしている男を睨み上げた。しかし太刀川は何でもないというふうに私を見下ろす。
「でもまあ、お前にもちょっとゆっくりする時間があってもいいと思うぞ。恋多き女も疲れるだろ」
数日前に電話で言われた『恋多き女』という単語がまた登場した。私にはあまりにも似合わない言葉だというのに。
「お前、全然大事にしないくせに、意外と男がいないとダメなタイプの女だからさ。たまにはフリーを楽しめよ」
ホームに電車が入ってきて、最後の方は電車の音で少し聞き取りづらかった。だけどきちんと聞こえていた。明々とした車内は混んでいて、私たちは体を寄せ合って乗り込んだ。背の高い太刀川はやっぱり涼しげな顔をしていて、恨めしい。たった一言で私をこんなに打ちのめしておきながら。男がいないとダメなタイプの女。そう言われて傷ついているのは、それが実のところ図星だからだ。