4. ル ー ル の な い 遊 び 初めて彼氏ができたのは、高校1年のとき。 一体どこで私のことを知ったのか、私にとっては初対面の同級生が、唐突に告白してきたのだった。背が高くて、サッカー部で期待の新人と言われていた人だった。でも、たった1回映画を見に行っただけで終わった。手を繋ぐことさえなかった。いわゆる自然消滅。周りの友人たちは「あんな有望株と別れるなんて」と驚いていた。 「って、やっぱりC組の太刀川くんと付き合ってるの?」 「太刀川?ないない。そもそも、やっぱりって何?」 「だってよく一緒に帰ってるじゃん」 正確には、一緒に帰っているわけではなく、放課後の行き先が同じというだけなのだが。当時、私と太刀川はボーダーに入隊して間もなかった。当時、ボーダー反対派の世論が強かったこともあり、私は自らがボーダー隊員であることを積極的には明かしていなかった。 「付き合ってないよ、本当に」 「ふうん?でも太刀川くんって、雰囲気あるよねー」 そう声を弾ませていた彼女は、その1ヶ月後に太刀川の恋人になっていた。が、更にその2ヶ月後にはもう別れていた。心配して声をかけると、彼女は「なんか好きじゃなかったかも」と笑っていた。高校1年の秋だった。 そうして失恋したばかりの太刀川に頼まれて、模擬戦の相手になった。さぞ落ち込んでいるのかと様子を窺っている内に、私の負けが決まっていた。あっという間だった。腹いせに、傷口を抉ってやるつもりで、前出の友人の話題を出してみる。しかし太刀川はけろりとした顔で言った。 「いや本当、そんな感じで、普通に振られた。好きだって言ってきたのは向こうだったんだぞ?俺もびっくりした」 若干16歳の高校生が、初めての恋人との別れを「びっくりした」という言葉で片付けてしまうとは。こいつはろくでもない男になりそうだ、と、私の女の部分が言う。 「、お前もサッカー部の奴と早々に別れたんだろ?」 「話早いね・・・」 「あいつ、キスできなかったーって落ち込んでたぞ」 どきりと胸が鳴る。何てストレートな言い方をするのだろう。何だかまるで、キスがしたくて告白したけど、ミッション失敗、戦利品無し。そう言っているようじゃないか。 「・・・男の子って、そんな話ばっかしてるの?」 「そうでもねーよ」 手に入れたばかりのトリガーを弄びながら、太刀川はそう言って笑った。私はもう模擬戦どころの気分ではない。元々あまりモチベーションの高い隊員ではなかったので、太刀川のように何時間も夢中になって刀を振り回せるのは羨ましくもあった。 「でもまあ、やっときたいのはやっときたいよなー」 不意に真面目な顔をして太刀川が呟く。 「・・・キスって、そんなにしたいもの?」 告白してきたときのあの子の顔がちらついて、思わず苦い顔になる。キスをする為に、わざわざ映画館に行ったり、駅ビルを並んで歩いたりしたのだろうか。付き合うって、よくわからない。 「ま、それもそうだけど、色々な。よし、模擬戦もう1回やって帰ろうぜ」 この話題に飽きたのか、太刀川は話を終わらせ立ち上がった。私も渋々ついていく。その頃はまだ、太刀川の「模擬戦もう1回」が「もう10回」であることを知らなかった。 高校2年の春、太刀川に2人目の彼女ができた。今度の相手はなんと3年生で、美人で有名な先輩だった。その頃、迅くんや嵐山くんたちも私たちの高校に入学してきたので、とうとう太刀川の恋人の存在はボーダー内でも知れ渡ることとなった。太刀川自身は自分のことをあまり話さないけれど、周囲がなかなかどうして放っておいてはくれないのだ。きっとそういう星に生まれついた人なのだろう。 今度こそ長続きすることを願うのみ。と思っていたら、また夏が終わる頃には、別れたという噂が広まっていた。面白おかしく噂する人たちを横目に、私は口を噤んだ。実は私も時期を同じくして、春休みに付き合い始めた同級生に、振られたばかりだったからだ。その彼とは手も繋いだしキスもした。頭のどこかで、これで私は役目を果たしたと満足もしていた。しかし彼は、「オレのこと本当は好きじゃないよね」と一方的に寂しげな顔をして去ってしまった。わけが分からなかった。本当は好きじゃないって、何だ。私は充分、好きだと告げたつもりだった。だからキスだってしたんじゃないか。 もやもやした気分を晴らすように、今度は私が太刀川を模擬戦に付き合わせた。珍しく乗り気な私と戦うのが楽しかったのか、太刀川はとことん付き合ってくれて、毎度きれいに白星を勝ち取っていった。 「の言い分も男の言い分も、どっちもわかるな、俺には」 その日は太刀川の両親が旅行に行っていて、夕食は宅配ピザを取るつもりだというので、模擬戦の後、私は太刀川の自宅にお邪魔した。Lサイズのピザを2人で分けながら、私は今回の件をぐちぐちと話す。 「男の言い分って?わかるっていうなら教えてよ」 「まあ、簡単に言うと、お前より男の方が、好きって気持ちが大きすぎたってことだろ」 それでどうして振られることになるんだ、と、悪態をつかずにはいられなかった。17歳の女子高生には到底理解できない。好きだと言うなら好きでいてくれればよかったのに。いっそ大嫌いになったという方が納得がいくじゃないか。まったく、恋愛はよくわからない。どうしてずっと同じように好きでいられないのだろう。 とっくに自分の取り分のピザを食べ終えてしまった太刀川は、更にカップラーメンを食べるらしく、やかんに湯を沸かそうとしていた。その後ろ姿はキッチンに似合わない。高校生の割には背が高くて、落ち着いている。あの美人な先輩は、太刀川のそういうところを好きになったんだろうか。 「太刀川は、あの先輩と、キスした?」 素朴な疑問だった。くるりと振り返った太刀川が、子供のような顔をしてみせた。 「何だよ。お前、そういう話嫌いじゃなかったか」 「別に嫌いじゃないよ。ねえ、どうなの?」 「まあ、したけど」 「ふうん。じゃあ、その先は、した?」 しまった、ストレートに聞きすぎた。太刀川が珍しく驚いたように目を見開いたので、ばつが悪くなる。私は残ったピザを口に詰め込んで、もごもごと「ごめん、ヘンなこと聞いた」と言い訳をした。ピザも頂いたし、これ以上おかしなことを口走ってしまわないように、そろそろ帰ろう。 そう思って立ち上がったとき、さっきまでキッチンにいたはずの太刀川が、いつの間にか目の前に立っていた。その後ろでは、やかんが少しずつ白い湯気を吐き出しているのが見える。 「した」 低い声で太刀川が言う。 「『その先』、したよ。お前は?」 「わ、私は・・・、してない、けど」 「俺も、1回しかしてねえんだよな」 太刀川はいったんキッチンに戻り、コンロの火を消した。やかんの音が消えて、室内が嫌なくらい静かになる。自分の心臓の音さえ聞こえそうなほど。 「なあ、お前が絶対嫌ってわけじゃないなら、ちょっとやってみようぜ」 やってみるって、なにを。 目を丸くした私を、太刀川は驚くくらいなめらかに、2階の自室へと連れて行った。漫画や服で散らかった部屋。ダークグレーのベッドカバー。私はそこに座らされて、今まで見たことのない太刀川の顔を見た。 「上手くやれないと思うから、痛かったらそう言えよ」 高校2年の秋。私たちは、理由も目的もないセックスをした。声が出せないほど痛くて、太刀川の手をずっと握っていた。でも、同時に、何もかもが自分と異なる体に触れて感動した。太刀川って、男の人なんだ。男の人って、こんなに重くて、温かいんだ。そう思って、涙が出た。 私たちがセックスをしたのは、その一度きり。それでも私は、今でもあの日のことを、こんなに鮮明に思い出せる。多分太刀川は覚えていないだろうけど。 |