3. 固 有 種 の こ ど も た ち ボーダー隊員は、精神年齢の高い人が多いと思う。 中には小学生の子だっているけれど、私の知っている近所の小学生とはまるで違う。中学生の子も高校生の子も、みんな大人顔負けの冷静さを持っている。特に精神面を鍛えるための訓練などは行われていないところを見ると、やはりそういう性格の人にボーダー隊員としての適性があるということなのだろう。 B級ランク戦を会場で見るのは久しぶりだった。最近話題の玉狛第二というチームが出るというので、妙に機嫌のよさそうな迅くんに誘われたのだ。 「ちょうどおれと太刀川さんが解説なんだよ。さん、暇でしょ?」 サイドエフェクトを使ったのかどうかは知らないが、決め付けるような口ぶりで迅くんは言った。1歳下のこの男の子も、男の子と呼ぶのに気が引けるくらい大人びている。 「そうだね。じゃあ、迅くんの後輩たちの勇姿を拝見しようかな」 試合は、単純にとても面白いものだった。マップ選択からして何かが起こりそうな予感はしていたけれど、各チームが体と知恵をめいっぱい使って戦う様は、観客のボルテージを充分に上げてくれた。解説の2人も息が合っていて、太刀川が最後に語った勝負論もなかなか良かったと思う。ああいう姿を大学の友人なんかが見たら、きっと喜ぶのだろう。 「迅くん、お疲れ様」 解説を終えて本部を出ようとするところをつかまえた。紙パックのカフェオレを手渡し、すっと横に並ぶ。迅くんは小さく礼を言って、そのままストローを差した。 「さん、ランク戦見たの久しぶりだったでしょ。どうだった?」 「うん、面白かったよ。下手なアクション映画より、ランク戦の方がよっぽどいい」 「はは。間違いないね」 7cmのヒールを履いている私の歩調に合わせてか、迅くんの歩みが少しゆっくりになった。男の子は、一体どこで、こういう優しさを覚えるのだろう。さりげなく車道側を歩いたり、重い荷物を女の子から取り上げたり。当たり前のように女の子を女の子扱いする術を、彼らはいつの間にか手懐けているから不思議だ。 「迅くんの後輩たち、なかなかやるね。特にあの白い髪の子」 「遊真ね。鋼がやられるの、久しぶりに見たな」 迅くんはあまりコロコロ表情を変えるほうではないけれど、その横顔は満足げに笑っていた。私は安心する。普段ぞっとするくらい落ち着いている分、迅くんが年齢相応の表情を見せてくれると、何だか彼の母親のような気持ちになってしまう。母性本能というやつだ。 「さん、今日はデートじゃないんだ?」 そして迅くんは私の恋愛事情をよく知っている。 「違うよー。わかってたくせに。実は、最近ちょっと上手くいってないんだ」 「へえ?どうせまたさんが一方的に放置してるんでしょ」 酷い言われようだが、その通りかもしれなかった。私は曖昧にごまかして笑う。 好きだと言われて、私もそれなりにその気になって付き合い始めたのが、5か月前。最初の内は順調だったのが、少しずつ顔を合わせる回数が減って、最近はメッセージアプリでのやり取りも後回しにしてしまっている。 「悪い人じゃないし、もちろん嫌いでもないし、好きなんだけどね。何だか、優先順位が下の方になっちゃってるというか・・・」 恋人はボーダーの隊員ではないので、日常生活の中で自然と顔を合わせる機会はほぼ無い。同じ大学ではあるけれど、学部も学年も違うから、広い構内ではなかなか出くわさない。要するに、会おうとしなければ会えないのだ。 私の馬鹿げた言い訳を聞いていた迅くんは、にやにやしながら言う。 「さん、我儘だからなあ。好きなタイプは『都合のいい人』なんでしょ?太刀川さんに聞いた」 「・・・それ、印象が悪くなるから俺以外には言うなって太刀川に言われたんだけど」 「太刀川さん自身が言っちゃってるね」 都合の悪い人が好き、なんて女の子はいないはずだ。そのつもりで言っただけだったのに、太刀川は心底嫌そうな顔をしていた。「お前、一生結婚できないんじゃないか」とまで言われて、居酒屋のおしぼりを投げつけた記憶がある。 「・・・このまま、また終わりになっちゃうのかなあ」 恋愛が長続きしないという点では、太刀川と私はよく似ていると思う。種類は違うけれど、根本的には同じだろう。 「迅くん、私の未来が視えるでしょ。この先どうなるのか教えてよ」 「おれ占い師じゃないから」 迅くんはそう言ってからからと笑った。 ソファに寝そべってスマートフォンの通話履歴を確認しながら、溜息をつく。恋人と最後に通話したのは1週間前だった。大学生の1週間は長い。彼からの着信は2日前にあったけれど、私はそれをかけ直していない。私が変わらない限り、きっとこの恋愛は終わりになるのだろう。最初は確かに楽しかった。それが少しずつ、こなさなければならない課題のようなものになってしまった。だけどいざ終わってしまうのは、自分が愚かな女だと認めるようで心細い。 始めるのは簡単だ。終わらせるのも簡単。ただ、続けていくことだけが難しい。 同じく恋愛が長続きしない太刀川は、今何をしているだろう。このやり場のない心許なさを分かってくれるのはきっと太刀川しかいない。メッセージアプリを起動した。上の方にあるその名前をタップして、私はメッセージを打ち込んだ。 |