1. 交 差 点 と ビ ー ル



どうして、同じ時に同じ分だけ、愛し合っていられないのだろう。
好きなのは変わらないのに、すごく好きな日があったり、そうでもない日があったりするのは、私が幼すぎるせいなのだろうか。それとも、恋とはそんなものなのだろうか。

「そんなもんだろ、普通に」
金曜日の混雑した居酒屋の片隅。休みなく枝豆を口に運びながら、太刀川はにべもなくそう言い放った。私の心を暗くさせる悩みも、A級1位にかかれば一刀両断。枝豆を縦向きにして、片手で豆を押し出す食べ方は、私の恋人と一緒だった。それをそのまま口に出すと、太刀川はとうとう呆れ返ったような顔をした。
「そもそも、日によって好きな度合いが変わることに、何の問題があるんだよ」
「問題ない?」
「ああ、全く」
問題があるか、ないか。あるなら解決、ないならおしまい。私の悩みはそんな風に白黒付けられるようなものではない筈だったのに、ずいぶん男性的な考え方をするものだ。今夜、飲みたい気分だから付き合え、と引っ張ってきたのは太刀川の方だった。私もちょうど誰かに話を聞いてもらいたいところだったので、快く応じたのだけれど。こうもあっさりと話を終了させられてしまうとは。
店員がだし巻き卵を運んできたタイミングで、太刀川は3杯目のビールを注文した。この短時間でよくそんなにビールばかり飲めるものだ。私はまだ1杯目さえ飲み干していない。
「太刀川は今の彼女とはどうなの?上手くいってる?」
自分の話が終わってしまったので、今度は太刀川に話を振った。太刀川には歳下の可愛い彼女がいるのだ。しかし太刀川は驚いたように少し私を見つめてから、「いつの話してんだよ」と、溜息をついた。
「お前、どれだけ俺に興味ないんだよ。とっくに別れたって」
「え、そうなの?付き合いだしたの最近じゃなかったっけ・・・」
すっかり興味のなさそうな目をしているこの男に、今度は私が溜息をつく番だ。


太刀川は女の子からよくモテる。まあ顔立ちも悪くはないし、背も高いし、ボーダー内での立場は確固たるものだし、いまいち何を考えているか分からないところも、女の子の興味を引く要素ではあるのだろう。だから黙っていても女の子は寄ってくる。私の大学の友人にも、太刀川に憧れている子は多い。私が同じボーダーに所属していると知られると、紹介してほしいと頼まれることもある。ただ、私にとって太刀川は、絶対に友人に紹介したくない男だった。もちろん、嫉妬などではない。
「太刀川さ、1人の女の子とまともに半年続いたことってある?」
「半年?そりゃ無いな」
ビールを美味しそうに飲みながら、太刀川は馬鹿馬鹿しいとでも言いたげに笑った。
「言っとくが、別に俺が飽きっぽいわけじゃないからな」
実際どう思っているかは別として、確かに、太刀川は圧倒的に振られることが多かった。女の子の方から寄ってきては、あっという間に離れていく。「皆、俺に夢を見すぎなんだよ」というのは、失恋したときの太刀川の常套句だ。ただ、失恋という言葉がおそろしいほど似合わないのが、この男の嫌なところだと思う。
「太刀川って・・・、大通りの交差点みたい」
必ず通る道だけれど、そこに留まることはない。ふとした瞬間に立ち止まることがあったとしても、また歩き出せば、その交差点は過去の通り道にしかならない。
感じたことをそのまま伝えると、太刀川は面倒そうに首を捻った。
「妙な喩え方するなよ。誰が道路だ」
「いや、来るもの拒まず去るもの追わずって感じなんだろうけど、そう言うとすごいモテ男みたいだから、なんか癪で」
「普通にそれでいいだろ」
ある意味では不器用な男なんだろうな、と、ふと思った。異性を惹きつける要素を充分に持ち合わせているのに、使いこなせず手に余らせて、結局誰にも寄り添わずにひとりでいる。やっぱり交差点だ。歩き続けるためには必要だけれど、留まるには危険が多すぎる。
「あー、もっと飲みたいとこだけど、ここじゃ酒の種類も少ないな」
「あ、ごめん、私、明日早いからここが終わったら帰るつもりだった」
「何だ、そうなのか?悪かったな」
太刀川はちらりと自分の腕時計を見やって言った。こうやってすぐに謝罪の言葉を口にできるところは太刀川の美点だと思う。特に謝罪してもらう必要はないのに。
「や、終電までに帰れたら平気だから」
「じゃああと1杯ずつ飲んで帰るか」
そう言ってジョッキグラスをあっという間に空けてしまったので、私もそれに続いて残っていたビールを飲み干した。時間が経ったビールは、もう最初の爽快感を失って、ただ飲み込まなければならないだけの義務の味がする。何かに似ている、と考えかけてすぐに気が付いた。
「・・・太刀川は、ビール飲むの早くていいね」
ゆっくりと減っていくビールは、私の恋愛に似ているんだ。