少 年 おれの髪に手を差し入れて、は微笑む。 「あなたには、嘘を吐かずにいられるのよ」 そう言って近付けられた唇を、自分から奪いにいく。柔らかなそれは、何の味も香りもさせずにおれという羽虫を絡め取る。がんじがらめって、こういう状態のことを言うのだろうか。おれの手は自由に彼女の体を這うが、本当は身動き一つ取れていない気がする。濡れた唇同士をゆっくりと離すと、途端に武器庫の埃っぽさが気になった。湿った二人の呼吸が埃と混ざって、空気をうんと気だるくさせている。 どちらのものかも分からない唾液で光る彼女の唇を見ていると、どうしようもなくまた欲しくなって噛み付いた。くすり、と小さく息の音が漏れて、おれはまた自分の幼さと愚かさを思い知る。彼女は、おれに「欲しがらせる」のがすごく上手い。それが経験の差というものなのか。でも彼女にその経験を与えたのは間違いなくおれじゃない。 抗いきれない独占欲が、彼女の体を押し倒す。Tシャツの裾をたくし上げてやると、待ってだとかここはダメだとか女の常套句が漏れ出す一方で、その腕はおれの首に巻きついた。おれは知ってるんだ、彼女は、背徳的であればあるほどその体を濡らすんだってこと。だから耳元でそう言ってやると、もう熱っぽい溜息が聞こえた。彼女は素直で、己の欲望にとりわけ忠実。当然だろう、海賊なのだ。 「…」 許可を求めるように名を呼ぶと、彼女は息を弾ませながら頷いてみせた。その艶めかしさにまんまと欲情させられる。なるべくゆっくりと腰を進めながら、考える。こうしてひとつになって何度か腰を揺すったら、彼女は絡め取った筈のおれの体を躊躇なく離してしまうのかと。そして獲物のなくなった彼女の巣に、また、違う羽虫を飼う ― いや、違う。元の住人である蜘蛛が戻ってくるだけのこと。甘美な巣は、蜘蛛をあたたかく眠らせる。 「あ…、エース…っ」 瞼の裏側が白っぽくぼやけ始める頃、一際高い声が上がっておれは彼女の一番美しい顔を見ることができた。上り詰めることはこんなにも気持ちのいいことなのに、どうしてこんなに、何かを失った気がしてしまうんだろう。余韻に震えて半開きになった彼女の唇がその喪失感を埋めてくれる気はするものの、口付けてしまったらそれこそもっと遠く感じてしまいそうで、できない。結局おれは1人唇を噛みしめ、熱を放つ。動物的な充実感が、いっそう孤独を際立てる。 二人分の荒い呼吸が少し落ち着きを見せた頃、彼女はおれを褒めるようなことを一つ二つ口にした。そして点々と床に落ちた白濁液を見ると悪戯っぽく笑った。 「好きよ、エース。あなたの素直なところがすごく好き」 ほら、また欲しがらせようとする。ちくちくと胸の中に溜まっていく何か。 「あなたといると本当の私でいられる気がする。嘘をつかなくていい気がするの」 それを聞いて喉まで出かかった言葉を、寸でのところで飲み下した。たとえそれを口にしてしまっても彼女は眉一つ動かさないだろう、でも、おれ自身が惨めすぎてとてもじゃないが耐えられない。シャワーを浴びるから、と言って先に武器庫を出て行く背中を見送り、おれは溜息を吐いた。愛しくて求めたセックスだったのに、どうして寂しさだけが馬鹿みたいに膨らんでしまうんだろう。膨らみ続けていつか爆発して、おれも彼女も巻き添えになって海の藻屑となるならそれでもいいが、きっとそうなるのはおれ一人だ。だからこそ寂しいのだ。ああ、おれは一体どうすればいいんだろう。 |