同じ温度の同じ粘膜 正義感の強いこの女が惚れるのは、やはり自分と同様に正義感の強い馬鹿な男だった。それは俺達がガキの頃からの暗黙の了解で、その暗黙の了解を唯一共有していないのが、その正義感の強い馬鹿な男だというのだから、また滑稽な話だ。しかしそれは割とどこにでもある話だということを、俺は知っている。 「あ、また悪いことして帰ってきた」 そう言っては、何か汚いものを見るような眼を俺に向けた。俺はそんなを軽く睨んでみせる。しかしそんなものごときで大人しくなるような女ではない。は立ち上がると、つかつかと玄関先の俺に歩み寄ってくる。 「今は大事な時だから、そういうお店に行くのは控えましょう、って決まったんでしょ?」 責めるような口調だが、どこか諦めのようなものも混じっている。俺に何を言おうと無駄だということ位、長年の付き合いでとっくに学習しているのだ。しかし懲りずに何やかやと口出ししてくるのがこの女のうざったい正義感なのである。 「『そういうお店』って、どういう店だよ?」 下駄を脱ぎながらそう言ってやると、途端にの表情が変わった。 「・・・だから、・・・その・・・女の人の・・・」 「ンだよ、知らねェのか?教えてやろうか、あのな、」 「い、いいっ!もう、からかわないでよっ!」 そう言って顔を赤くさせるこの女は、ガキの頃からひたすら同じ男を想い続けている。その想いは周囲にはバレバレのくせに当の本人だけが気付いておらず、そのせいでは18になった今でも処女のままだ。馬鹿馬鹿しいと俺は思う。この歳になるまで男を知らず、そのくせ好きな男についていくためにわざわざこんな戦争にまで足を突っ込んでいる、馬鹿な女。 「あ、高杉、おむすびあるよ」 の横をすり抜けて部屋の中に行こうとすると、がさっきとは打って変わった柔らかな声で言った。 「あとお味噌汁もあるよ。お腹空いてない?」 「あァ、女とやってきた後は腹が減るからな」 わざとらしくそう言えば、またが嫌そうな顔をする。まったく、これだけ男だらけの中にいながらいちいちこんな反応を示していては、そのうち禁欲で気のふれた野郎に犯されちまう。 は特別に美人というわけではないが、顔立ちがはっきりしていてスタイルもいい。そのはっきりした性格を好きになる奴もいるだろう。不意に見せる女らしさなんかに胸を打たれる奴もいるだろう。そういう奴がいるなら、一度この馬鹿な女に男を教えてやってほしいと思う。男ってのはお前が思ってるより生易しい生き物じゃねェんだってことを、この女に分からせてやってほしい。 「なァ、お前さっき俺に『悪いことして帰ってきた』って言ったよな」 「言った」 「『悪いことして帰ってきてねえ』奴、まだいるんじゃねえか?」 が味噌汁をよそう手を止め、俺の方を見た。丸い目に戸惑いが浮かんでいる。そして俺はその顔を見て全てを悟ってしまう。この女の気の毒さといったら。 「・・・・・・帰ってきてない人は、いるけど、・・・別に高杉と同じようなことしてるかどうかは、」 「さっきの店でヅラに会ったぜェ。俺より先に入ってったくせに、俺より帰りが遅いたァな」 今度こそは耳まで真っ赤になって、そして泣きそうな顔をした。しかし俺がニヤリと笑ってやれば、すぐに顔を背けてしまう。こいつは男を知る必要もあるが、もっと自分の感情を隠したり、もっと上手く問題を解決したりする方法も身につけるべきだ。でないと、本当に悪い野郎の牙にかかってしまう。 「、お前の好きなアイツは、今頃別の女と楽しい時間を過ごしてんだぜ」 「・・・・・・・」 「いい加減そんな馬鹿げた恋は忘れて、お前も大人になれよ」 「・・・私はもう18だし、大人、・・・っ!!」 の手から味噌汁の椀が落っこちて、床に落ちた椀がクワンクワンと空しい音をたてた。は今、恐ろしいものを見る目で俺を見上げている。俺に掴まれた手首が震えだす。 「なァ、大人にしてやろうか」 素早く息を呑む音が聞こえた。恐怖に揺れる目の色が、まるで炎のように美しかった。 (この女の全てをぶっ壊してやりたいと、ガキの頃から思っていた) |