お前の色をした星と涙を探している
傷つけたい。 不意に頭に浮かんできた単語を、おれは慌てて抹殺する。何を考えてるんだおれは。こんな歪んだ感情が、少しでも目の前のに悟られてはいないかと、おれはこっそり目線を上げて表情を窺う。しかしは海風に自由に髪を遊ばせながら、おれではなく、どこか遠い海の先を見つめていた。 マルコが任務のために船を離れて今日で3日。さすがに寂しくなってきたのか、が珍しく「一緒にご飯食べようよ」なんて誘ってきたものだから、おれはふたつ返事で了承した。そしてその食後も、「船尾で喋ろうよ」というの誘いに、おれは頷く。はなからおれに選択肢など必要ないのである。 しかし、「喋ろう」といったくせに、はさっきから黙り込んでいる。最初はおれも色々と話題を提供してはいたのだが、があまり喋る気が無さそうなことに気付くと、それもやめてしまった。 多分は今、マルコのことを考えている。だからおれはのことを考えている。そして行き着いたのが、とんでもない願望だったのだ。「傷つけたい」と、なぜおれはそう思うんだ。が幸せならそれでいいのだと、何度も何度も言い聞かせてきた筈なのに。どうしてそれを、いつまでも言い聞かせなきゃならないんだ。どうして心の底から、とマルコの幸せを願えない? 「マルコのどこがいいんだよ?」 気付いたらおれは、そんなことを口走っていた。ようやくがおれの方に顔を向ける。 「なぁに、突然」 ふふ、と肩を竦めては笑った。おれの問いかけをまるで本気にしていないようだった。だからこそおれは本気になる。我慢とか自制とかそういうものを全部打ち払う。今ならまだ引き返せるぞ、と、誰かが囁いた気がしたが、その声すらも耳を塞いで無視してしまう。 「マルコがお前を好きだって言わなかったら、お前はマルコのこと好きになってたか?」 がようやく怪訝そうな目を向けた。おれはいつだか他の船員に、とマルコの馴れ初め話を聞いていた。ずいぶん昔のことだが、先にマルコがに好きだと告げて、もそれに答えたのだという。とても寒い夜だったという。 「…どうしたのエース?」 「質問を質問で返すなよ。おれが聞いてんだぜ」 自分の口調がどんどん荒っぽくなっていくのを、おれは少し怯えるような気持ちで聞いていた。 「お前は『好きだ』って言われりゃ、誰でも好きになっちまうのか?」 「…もう、何なの。そんなことどうだっていいでしょ」 「よくねェよ」 風に揺れているの長い髪。おれはこの髪に触れたことがない。滑らかそうな白い肌にも、長く生え揃った睫毛にも。だからせめて、目に見えないところだけ。 「お前が何でそんなにふわふわしてられんのか、おれには分からねェ」 「知らねェのか?マルコって、船を降りりゃ案外モテるんだぞ」 「街を歩けばあちこちの女から声がかかるんだ。お前、見たことねェだろ」 泣けよ。おれの非情な言葉で、傷ついてくれよ。おれに対しての怒りで頭を埋めてみてくれよ。おれのことだけを考えてみてほしいんだ。ほんの数分、数秒でいいから、お前の時間をおれにくれよ。 ほとんど切望に近い気持ちを込めながら、おれはその残酷な台詞を発し続けた。言っているのはおれなのに、なぜだかおれが泣きそうだった。 しかし当のはゆっくりとその頬を緩ませると、ひどく綺麗に微笑んだ。 「私はマルコがいないともうだめだから」 だからそんなことはどうだっていいことなんだよ。 小さな声で付け足して、はやはり笑った。風に揺れる髪も、おれを見る目の色も、何も、普段と変わらなかった。 おれはテンガロンハットを深く被って、顔を隠す。がここから部屋に逃げ戻ってくれないかな、と微かな期待をしながら。でも心のどこかで、その期待が叶う筈はないとわかっていた。おれは、を傷つけることすら出来ないのだ。 |