抱き合う夜空の下 きれいになるより強くなりたい。 物心ついた頃から、ずっとそう思い続けてきた。海賊として生きていく女に、整った容姿なんて必要ない。綺麗な女は海賊船にとって、敵から狙われやすいだけの邪魔な存在。美しい容姿を手に入れる位なら、男に負けない位の腕力が欲しい。戦うための力が欲しい。ずっと、そう思い続けてきた。 「それなら悪魔の実、食えばいいじゃねェか」 エースはそう言って笑った。エース自身によって灯されたランプの明かりが、その表情を赤く照らし出す。 「…やだよ、そんな得体の知れないもの」 私が答えれば、エースは高らかに、そりゃそうだ、と言ってまた笑った。その笑い声は、私とエースしかいない広い甲板に寂しく響く。ああ、これが、2人でいても寂しい、ってやつ。肩と肩が触れるくらい近くにいるのに、傍にいるエースは、まるで蜃気楼のように遠い。 エースはウォッカの瓶を勢いよく余った。口の端から一筋溢れ出たのを、手の甲で拭い、ゆったりと息を吐く。黙って一連のその動作を見ていた私に、エースはまた無邪気な笑みを見せた。この笑顔を独り占めにしておきながら寂しいなんて、私はきっと贅沢になりすぎているんだ。 「お前も飲むか?」 差し出された瓶を受け取って、強烈なアルコールの臭いに咽そうになるも、少しだけ瓶を傾けてみた。しかし、一瞬舌に触れただけで口内に嫌な味が広がって、私は瓶をエースに突き返す。私はアルコール類がとんと駄目なのである。それを知っていてわざと勧めてきたエースは、私の手から瓶を受け取ると、嬉しそうに目を細めた。 「ハハッ、ほんとにお前は海賊かよ」 エースはまた勢いよくウォッカを煽ると、まるで水を飲むように喉を鳴らしながら、瓶を空にしてしまった。もし私が同じ真似をしたら、一瞬で目が回って卒倒してしまうだろう。だから、エースに憧れる。エースだけに限らず、お酒に強い仲間たち全員がうらやましく思う。お酒が強い、それだけで彼らは『海賊らしさ』を手にしている。私だって同じ船に乗っているのに、私はいつまでも『海賊に憧れている少女』みたいだ。 「…でもおれは、お前が海賊じゃなくても好きだな」 唐突なその台詞に、私は驚いてエースの方に顔を向けた。エースは照れる素振りもなく、瓶のラベルに目線を落としている。 「…何、急に…」 「いや?ただ、そう思っただけだ」 明るい声でエースは答えて、そのまま私の肩を抱いた。このまま私が首を傾げて、エースの肩に頭を乗せれば、この寂しさは無くなるだろうか。心の奥の、真ん中の辺りに、ぽつりと空いた小さな穴。 きれいになんてなれなくていいから、強くなりたい。お前は立派な海賊だって認められたい。それなのに私はいつまで経っても強くなれないし、お酒だって飲めない。気休めに髪を切り落としてみたって、いつも守られてばかりで、敵襲に遭えば必ず狙われて、私の嫌いな『女』になってゆくばかり。 黙りこくっていると、赤いランプの明かりがふっと消えた。オイルが無くなったのだろう。途端に甲板が夜闇に包まれて、遠くの海面に映る満月だけが、切なく揺れているのが見える。 「、きっとお前は頭が良すぎるから、余計なこと考えちまうんだよ。もっと楽にすりゃァいい」 直接体に響くような優しい声だった。 「なァ、見てみろよ。星がこんなに綺麗だ」 言われて私は空を仰いだ。ランプの明かりが無くなった今、星空はいつもよりずっと近くにある。星空の美しさに一瞬言葉を失って、そして私はそのまま、エースの肩に頭を乗せてみた。泣けそうな位あたたかな体温が沁みて、抱かれた肩が震えそうになる。 「…エース、」 その後に何を言おうとしたのか、自分でもよく分からなかった。だけど、どうしてもその名を呼びたかった。私が感じる得体の知れない孤独感を、エースがどれだけ分かってくれているのかは、定かではないけれど。 「な、、元気出せよ。これだけ星が出てるってことは、明日もきっと晴れだぜ」 そう言って屈託無く笑うエースは、やっぱり何も分かっていないのかもしれない。だけどその、的外れな優しさに救われる。思わず笑うと、エースの手が、優しく私の肩を撫でてくれた。 end
|